『隷属なき道 AIとの競争に勝つ ベーシックインカムと一日三時間労働』書評

貴族以外に選挙権が与えられ、奴隷制度が廃止され、女性の社会参加が当たり前になった。世界経済は250倍に膨らみ、一人あたりの所得は1850年の10倍になり、一日25ドル未満で暮らす人々の割合はこの40年弱で世界人口の44%から10%未満になった。そして、世界の殆どの人びと(97%)が飢餓(一日2000カロリー未満で暮らすこと)から脱出した。世界はかつてないほど「平等」になり「豊か」になった。

 

こうした今や当たり前の事象はかつての人々にとってユートピアだった。誰もが夢見ながら、誰もが夢だと思った世界は現実になったのだ。

しかしながら、富は有り余っているにも関わらず未だ数百万人の人が貧困を維持している。ハーバード・ビジネス・レビューが12,000人の専門職者を対象に行った調査によれば、その半数が自分の仕事は「意味も重要性も」ないと感じ、同じく半数が自らの会社の使命に共感していない。世界保健機関(WHO)によれば、うつ病は2030年に世界の病気の第一位になるそうだ。

 

上記は本書からの間接引用です。

ブレグマンは本書で、上記のような様々な史実・統計値・経済学や社会学などの学説を用いて、過去にとってのユートピア「豊穣の土地=現代」における課題を提起し、そしてその課題を乗り越える新たなユートピアを提起します。

  

隷属なき道 AIとの競争に勝つベーシックインカムと一日三時間労働

隷属なき道 AIとの競争に勝つベーシックインカムと一日三時間労働

 

 

彼が提起するユートピア
それは、

  • ベーシックインカム(世界の誰もが労働なしに一定の賃金を得ること)
  • 一日三時間労働
  • 国境線の開放

によって貧困を撲滅し、誰もが自分にとって本当に重要なことに多くの時間を費やすことができる世界です。

 

彼は具体的論拠を持って、「ベーシックインカムが怠惰を生み社会を乱す」という歴史的な政治態度を打ち砕き、先進国が行う失業者支援や途上国支援が甚だ大きな自己満足であることを突きつけます。

そして、本書の中で最も衝撃的とも言える「ただ金銭を与えることが貧困者を貧困から救い、犯罪を減らし、社会福祉費を低減できる最も効率的な方法であること」を説得力を持って提案します。

 

また、労働時間を短縮し、社会にとって各個人にとって本当に重要な事象に時間を割くべきだと訴えます。現代の労働力は社会のために何かを生み出すものではなく、複雑な金融商材を作り出し儲けるような何も生み出さない仕事に向けられていると現代の富裕層を突き放します(社会のメリットとGDPが一部反比例する矛盾も指摘する)。多くの人々が仕事に時間を売った後悔を持ちながら生きている状況から脱する為にも、労働時間の短縮(実際には他の家庭的・社会的意義の高い満足できる労働への時間と富の再分配)が必要であると述べます。

 

そして、もう一つ、世界の格差を縮小するキーワードとして「開かれた国境」という概念を挙げます。あらゆるサービスとモノは世界中を行き来していますが、人間だけが国境に閉じ込められています。その国境を開放すれば、「世界総生産」における予想成長率は六七パーセントから一四七パーセントに及び、先進国すべてが3%多くの移民を受け入れれば、世界の貧困層が使えるお金は3050億ドル多くなると予測を提示するのです。

国境開放の文脈では移民にまつわる数々の誤謬について証明を行っており、読み応えがあります。例えば移民はテロリストという嘘。米国で一九七五年から二〇一五年までの四一年間で、九・一一を別にすると外国生まれのテロリストに殺されたのはわずか四一人。平均すると一年に一人だった、といった驚くべき数値や検証結果を並べます。

 

彼がこのタイミングでユートピアを提案するのは危機が迫っているからです。それはAIによる労働需要の減退です。仕事は間違いなく減り、格差はこれまでにないほど大きくなることを指摘し、いずれは格差の拡大によって社会が機能しなくなることを予見します。労働者が減れば消費者が減り資本主義が崩壊することを、ピケティを引用しつつ示唆するものです。

AIの登場(によって引き起こされる格差拡大)による資本主義経済崩壊の回避は本書の主旨といえます。その為にベーシック・インカムと労働時間の短縮(再分配あるいはシェア)を実現し、人びとが適度に所得格差を小さくし、適度な労働と消費を行える状態を維持することが重要であるとあらゆる角度から論じられています。

 

本書では一章あたり30〜60の参照を用いており、非常に具体的な論拠を持って話が展開されます。複雑な問題を取り上げては、ブレグマンは切れ味が鋭い論拠で問題を捌いていきます。

一方で、人類にとって非常に根本的でシンプルな望みをユートピアとして提起しているとも言えます。彼は、すべての人間が人間らしく豊かに生きることを実現する為に、今必要なことを具体的に述べます。

それらは信じ難いユートピアではありますが、かつての信じ難いユートピアが現代では当たり前になっていることが希望として提示します。

情報の加工で富を移転し効率的な儲けを得る先進国社会(及びそこで働く人々)が、人間にとって本当に重要なことは何かを考えるべき時代が来たと感じる一冊でした。